【陸上知識】日本人の短距離種目決勝進出と暁の超特急

過去の日本人選手の決勝進出

2003年世界陸上パリ大会での末續慎吾さんの男子200mでの銅メダル獲得というのが男子短距離個人種目での日本人選手の最高成績です。
以降、リレー種目では北京五輪とリオ五輪で2位に入るなど、男子短距離界は確実に力を伸ばしています。
その成績や安定感から考えると、今やイギリスやトリニダードトバゴなどと並ぶ短距離強豪国になっていると言えでしょう。

そして2019年現在、サニブラウン小池桐生山縣らを擁する日本短距離界は、その決勝進出にとどまらず個人種目でのメダル獲得までもが現実味を帯びるまでになっています。

今回は
日本人選手の決勝進出と暁の超特急
についてご紹介します。
世陸、五輪での男子日本代表選手がどれだけの成績を残してきたのかという歴史を簡単にご紹介。

 

 

 

日本人選手の決勝進出

陸上以外の競技も含めて、日本人選手が初めてオリンピックの金メダルを手にしたのは、1928年アムステルダム大会の男子三段跳で優勝した織田幹雄です。
もしかするとこれは試験に出るレベルの話かもしれません。
織田さんは1932年のロサンゼルス五輪でも優勝して2連覇を達成。1936年のベルリン五輪では田島直人が同じく三段跳びを制して日本人選手の3連覇という偉業を成し遂げました。

織田さんが三段跳びで優勝したことは広く知られていても、織田さんが100mでも日本記録を争っていたことはあまり知られていません。
日本のお家芸と言われるほどに盛り上がっていた三段跳びがある一方で、短距離に関しては世陸・五輪でのメダル獲得はまだありません

 

初の決勝進出者は暁の超特急

『暁の超特急』というフレーズをテレビで耳にしたことがあるひとも多いと思います。『フジヤマのトビウオ(水泳の古橋廣之進)など、このころはスポーツ選手に良い感じのキャッチフレーズをつけることが流行っていたんでしょう。

吉岡隆徳が1932年のロス五輪で決勝に進出!!

吉岡隆徳という方が1932年のロサンゼルス五輪の男子100mで決勝に進出、6位入賞を果たします
当然これは男子短距離界初のこと。吉岡さんはこの時に優勝したアメリカの選手のキャッチフレーズ『深夜の超特急』をもじって『暁の超特急』と呼ばれるようになります。
決勝に残るだけでもすごいのですが、吉岡さんは、1935年に当時の世界記録に並ぶタイム10秒3で走るという偉業を達成します。
当時は手動なので誤差はそれなりにあったと思いますが、手動だとしても土のグラウンドでで10秒3を出すって、とんでもないこと。
日本記録を争った三段跳びの織田さんとは、ロス五輪の4×100mリレーでチームを組んで見事5位入賞(41秒3)をしています。

次の決勝進出者は高野進

1932年の吉岡さんの決勝進出以降、フラットレースでは1992年のバルセロナ五輪の400m高野進さんが決勝に進出するまで日本人選手がオリンピックの個人種目決勝の舞台に立つことはありませんでした
その間じつに60年。それも100mではなく400mでの決勝進出でした。
100,200mでは世界との差はまだまだ広かったと言えると思います。

ハードルでは東京五輪で5位入賞もあった

女子80mHという種目があった1964年の東京五輪では、依田郁子さんが5位に入賞しています。
日本の女子短距離史上、個人種目で入賞している選手は依田さんだけ

2000年代に入ると日本選手がメダルを獲得!!

2000年代に入ると日本のスター選手2人が大活躍します。
誰もが知っている『為末大』『末續慎吾』です。この2人によって日本の陸上界が変わったと言って過言ではないでしょう。

日本人がメダル獲得!!

2001年世陸エドモントンでは為末さんが400mHで銅メダルを獲得します。
ハードルではあるものの、日本の短距離選手がついにメダルを獲得。
2003年世陸パリでは末續さんが200mでは日本人初となる決勝進出を果たし、さらにはフラットレースで初めてとなる銅メダルを獲得するに至りました。

リレーは上位の常連国に成長

2000年代になると4継ではほとんど毎回上位に入賞できるようになりました。
日本を代表するスプリンターだった朝原さんは、リレーで6回入賞(うち4位2回)していながら五輪・世陸のメダルはなかなかとれずにいました。
それでもついに2008年の北京五輪で日本はリレーで初のメダル獲得となるのです。
それから10年の間でリオ五輪で銀、世陸ロンドンで銅と、3個ものメダルを獲得するリレー強豪国となりました。

決勝進出がスタンダードの時代に突入?

2019年、日本の短距離界は過去最強の選手層となっています。
これまで長い事越えられなかった『10秒の壁』を越え、9秒台を持つ選手が3名もいるのです。

サニブラウンはメダル確実?

男子短距離最大の注目選手はサニブラウン選手でしょう。
世陸ロンドン大会200mでの18歳5カ月という世界最年少での決勝進出は、日本だけでなく世界に衝撃を与えました。
順調に成長を続け、2019年についに9秒97をマーク。誰がみても決勝進出ライン上にいる選手と言えるでしょう。
ドーハ、東京、あるいは2021年の世陸ユージーン、いつになるのかは分かりませんが、いずれメダルを獲得することは間違いないでしょう!

リレーは優勝候補

日本はリレーに関しては間違いなく優勝候補の一角というポジションです。
走力のある選手が4人揃っているチームはジャマイカ、アメリカだけで、この2チームははっきりいってリレーは下手。ミスも多く、リレーに力を入れている国ではありません。ジャマイカに関しては今回は層も薄い。
それでもなんだかんだで勝ててしまうほどの個人の力があるのがこの2カ国。
それに対して総合力で勝負するチーム日本イギリスブラジルカナダ中国と言った国。
一歩抜けていると思われるのはイギリスで、伝統的にリレーが強いだけでなく2019年は個人でも9秒台、10秒フラットの選手が大勢います。誰が出てきても間違いなく速い。

ジャマイカ、アメリカそしてイギリスにもう1チーム優勝候補を上げるとすればどこでしょう?
トリニダードトバゴ…?ではなく、日本でしょう。

 

歴代日本選手の入賞成績

世陸・五輪で日本選手が短距離種目の決勝に残ったものをまとめました。
暁の超特急以来、なかなか上位に入れなかったことが分かりますが、いよいよ潮目が変わっています。
この結果を見れば、『今が日本陸上界の絶頂期』であることがわかる!!

開催年 大会名 選手 種目 出来事
1932 ロス五輪 吉岡隆徳 100m 日本短距離界初の決勝進出
吉岡隆徳
南部忠平
阿武巌夫
中島亥太郎
4×100mR リレー種目初の入賞(5位)
中島亥太郎
増田磯
大木正幹
西貞一
4×400mR マイル初の入賞(5位)
村岡美枝
中西みち
土倉麻
渡辺すみ子
女子
4×100mR
女子リレー初の入賞(5位)
1964 東京五輪 依田郁子 女子
80mH
日本ハードル種目初の入賞(5位)
1991 世陸東京 高野進 400m 世陸で短距離初の決勝進出
1992 バルセロナ五輪 高野進 400m 五輪で60年ぶりの日本選手の決勝進出(8位)
青戸慎治
鈴木久嗣
井上悟
杉本龍勇
4×100mR 60年ぶりのリレー入賞(6位)
1995年 世陸イエテボリ 鈴木久嗣
伊東浩司
井上悟
伊藤喜剛
4×100mR 世陸リレー種目初の決勝進出(5位)
山崎一彦 400mH 男子ハードル種目初の決勝進出(7位)
1996 アトランタ五輪 苅部俊二
伊東浩司
小坂田淳
大森盛一
4×400mR 64年ぶりのマイル入賞
2000 シドニー五輪 小島茂之
伊東浩司
末續慎吾
朝原宣治
4×100mR 6位入賞
2001 世陸エドモントン 為末大 400mH 銅メダル、短距離界初のメダル獲得
松田亮
末續慎吾
藤本俊之
朝原宣治
4×100mR 4位入賞
2003 世陸パリ 末續慎吾 200m 銅メダル、200m初の決勝進出、フラットレースで初のメダル獲得
土江寛裕
宮崎久
松田亮
朝原宣治
4×100mR 6位入賞
山口有希
山村貴彦
田端健児
佐藤光浩
4×400mR 7位入賞
2004 アテネ五輪 土江寛裕
末續慎吾
高平慎士
朝原宣治
4×100mR 4位入賞
山口有希
小坂田淳
伊藤友広
佐藤光浩
4×400mR 4位入賞
2005 世陸ヘルシンキ 為末大 400mH 銅メダル、短距離界初の同選手2度目のメダル獲得
末續慎吾
高平慎士
吉野達郎
朝原宣治
4×100mR 8位入賞
2007 世陸大阪 塚原直貴
末續慎吾
高平慎士
朝原宣治
4×100mR 5位入賞
2008 北京五輪 塚原直貴
末續慎吾
高平慎士
朝原宣治
4×100mR 銀メダル、リレー種目初のメダル獲得
2009 世陸ベルリン 江里口匡史
塚原直貴
高平慎士
藤光謙司
4×100mR 4位入賞
2012 ロンドン五輪 飯塚翔太
江里口匡史
高平慎二
山縣亮太
4×100mR 4位入賞
2011 世陸モスクワ 桐生祥秀
藤光謙司
髙瀬慧
飯塚翔太
4×100mR 5位入賞
2016 リオ五輪 山縣亮太
飯塚翔太
桐生祥秀
ケンブリッジ飛鳥
4×100mR 4継で2度目の銀メダル獲得
2017 世陸ロンドン S.A.ハキーム 200m 7位入賞、200mで世陸世界最年少(18歳5カ月)で決勝進出
多田修平
飯塚翔太
桐生祥秀
藤光謙司
4×100mR 銅メダル、4継で世陸初のメダル獲得

 

 

 

 

 

今回は、陸上の雑学として過去の五輪・世界陸上での決勝進出者についてご紹介しました。
陸上界の悲願である『男子100mでのメダル獲得』がかなう日はそう遠くないのかもしれません…

 






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