女子3000mで田中希実(世陸ドーハ5000m代表)が18年ぶりの日本新!!ここで元記録保持者の福士加代子のすごさをご紹介!!

日本記録, 陸上ニュース

コロナの影響でほとんどの大会が中止されているなか、ホクレンディスタンスチャレンジ第2戦(深川大会)で田中希実が女子3000mの日本新記録を18年ぶりに更新しました!!
それまでの日本記録は福士加代子が2002年にゴールデンリーグパリ大会でマークした日本記録8分44秒40。

今回は、
田中希実選手の福士選手越えがどれくらいのすごさなのかを考えます
等ブログは基本的には短距離専門なので長距離についてはあまり触れて来ませんでしたが、今回は日本陸上界のレジェンドの一人である福士さんの記録が更新されたということでちょっとだけ取り上げてみます。

 

 

福士越えはすごいこと

まず、従来の日本記録である8分44秒40という記録についてと福士選手のすごさについて。

福士加代子選手はガチの超人

日本陸上界でもレジェンド級の超人が何人かいると思います。
溝口和洋、山下訓史、瀬古利彦といった往年の選手から、私たちアラサー世代が学生のころに大活躍していた為末大、室伏広治、末續慎吾、丹野麻美、池田久美子といった選手たち。
そんななかでも実績が際立っているのが福士加代子選手です。

複数種目の日本記録をマーク!!

学生時代には目立った成績はありませんが、ワコールに入社してから覚醒し、日本国内では長い事最強選手の座にいました。
専門はトラックで、2002年の日本選手権では5000,10000mの2冠。その後も日本選手権での優勝を重ね、5000mで計6回、10000mで計7回の日本選手権優勝実績をもつ
さらに記録では、3000m(8分44秒40)、5000m(14分53秒22)と15kmの日本記録を保持していた!!

世陸モスクワでマラソン銅メダル獲得!!

2013年、世陸モスクワのマラソンで銅メダルを獲得!!世陸モスクワでは日本人唯一のメダル獲得なりました。
30歳を過ぎ、選手としてのピークが過ぎて厳しくなってきたのかと思われるなかでの快挙。

2004年アテネから2016年リオまで五輪日本代表!!

福士選手のすごさはその実績だけでなく、ずっとトップレベルで勝負出来ているところにもあります。2002年の釜山アジア大会で5000,10000m両種目で銀メダル獲得からはじまり、五輪では2004年が初代表。その後の2016年のリオ五輪でのマラソン代表まで五輪4大会連続日本代表に選出されています。
種目はトラックからはじまり、現在はマラソン選手としてMGCにも出場するなど、長距離の女王と呼ぶにふさわしい活躍っぷり。

田中選手は2002年の福士を越えた?

今回田中選手が8分41秒35という記録をマークし、従来の日本記録である8分44秒40を上回りました。福士選手が8分44秒40をマークしたのは2002年7月で、ちょうど18年ぶりの更新となりました。

3000mはマイナー種目

そもそも女子3000mと言う種目はマイナーで、記録更新を目指す選手も多くはありません。5000mや10000mのように世界的に盛んな種目ではないため、ターゲットとして狙う選手が少なかったのも18年間日本記録が更新されなかった要員だと思います。

2002年の福士はほぼピーク

日本記録をマークした当時の福士選手は全盛期だったのか?
福士選手がもつ5000,10000mのべスト記録を見ると、5000mが2005年、10000mが2002年にマークされています。
3000mの日本記録が7月5日、その3カ月後の10月8日にアジア大会でマークした30分51秒81が10000mの自己記録(日本歴代2位)です。
3年後の2005年にマークした5000mの14分53秒22という記録は今でも日本記録として残っており、福士選手のピークは2005年と捉えることも出来ますが、2002~2005がピークと言っていいと思います。

田中選手も福士選手も20歳!!

福士選手は1982年3月生まれで、2002年では20歳でした。
田中選手は1999年9月生まれのため、2020年7月ではまだ20歳。
共に20歳で出場した3000mで日本記録を更新したことになり、選手生命のピーク位置としては同じ段階と考えることができます。
福士選手は2003年に世陸パリ大会に出場、田中選手は2019年に世陸ドーハに出場しており、重なるところがあります。
福士選手がその後の18年間日本のトップに居続けたように、田中選手もこの先どこまで実績を積んで行けるのか、そういう見方をするとおもしろいかも。

 






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